東京高等裁判所 昭和62年(う)1463号 判決 1988年7月13日
本店所在地
東京都中央区東日本橋三丁目五番七号
日本ハウスウェア株式会社
右代表者代表取締役
福本修也
本店所在地
東京都豊島区巣鴨一丁目二一番八号
株式会社ジャクソン
右代表者代表取締役
福本修也
本籍
東京都豊島区巣鴨一丁目一〇四番地
住居
同都文京区千石三丁目一九番二三号
会社役員
福本修也
昭和一八年四月一三日生
右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和六二年一〇月一六日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官平田定男出席の上審理をし、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人神宮壽雄名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官平田定男名義の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。
所論は、要するに、被告人ら三名に対する原判決の量刑がいずれも重過ぎて不当であり、特に被告人福本に対しては刑の執行を猶予すべきである、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討すると、本件は、アメリカ製調理器具の卸売販売を営む被告人日本ハウスウェア株式会社(以下ハウスウェアという。)及びその小売販売を営む被告人株式会社ジャクソン(以下ジャクソンという。なお、以下ハウスウェア及びジャクソンについては被告会社という。)の各代表取締役である被告人福本(以下単に被告人という。)が、1 ハウスウェアにおいては、実際所得が創業一期目の昭和五七年五月期には二二九七万円余、二期目の同五八年五月期には一億二八二七万円余、三期目の同五九年五月期には五億五三八九万円余あったのにかかわらず、一期目は二〇五万円余の欠損、二期目は三七万円余、三期目は六四八万円余の各所得である旨の、各虚偽の確定申告書を提出して納期限を徒過させ、一期目は八六八万円余、二期目五二七九万円余、三期目二億三六八四万円余の各法人税を免れ、2 ジャクソンにおいては、創業一期目の同五九年八月期の実際所得が六八一四万円余であったのにかかわらず、二三六万円余の欠損が生じた旨の虚偽の確定申告書を提出して納期限を徒過させ、二八五二万円余の法人税を免れたという事案であって、被告会社二社のほ脱税額が合計で三億二六〇〇万円余もの巨額であること、ほ脱率が通算で九九パーセントを超える高率であること、被告人は、両被告会社の将来の業績拡大に備えるため、納税を極力少なくして所得を蓄積しておこうと考え、ハウスウェアの設立当初から創業一期目は赤字申告、二期目は僅かの黒字申告、三期目は過少申告後本店を所轄税務署の管轄外に移転して税務調査を困難にしようとの方針のもとに、売上げの一部と受取手数料を除外するなどの方法で脱税を続け、三期目の申告後には本店所在地を東京都文京区内から中央区内に移転し、ジャクソンについては、決算時期に資産を実際より少なく見せかけるよう工作をして所得を秘匿しようと考え、同社の創業一期目から同社名義の普通預金口座等から約七一〇〇万円を引き出して簿外としたうえ、約七二〇〇万円の架空仕入を計上するなどして脱税したものであって、犯行の動機に酌むべきものはなく、ほ脱意思が強くかつ恒常的であったこと、本件の罪質・脱税の手段態様及びほ脱結果の大きさ等を総合すると、本件は悪質な脱税事犯であって、被告人の刑事責任には重いものがあるといわざるを得ない。
所論は、両被告会社の顧問税理士でありかつジャクソンの監査役でもあった小島勝司が、本件において積極的に脱税を慫慂指導し、かつ自ら事前の所得秘匿行為及び不正申告行為に深く関与しており、被告人の量刑にあたっては、これらを有利な情状として斟酌すべきであるとして、種々の点を指摘している。なるほど、小島税理士が、黒字であっても、会社設立一期目は赤字申告、二期目は少しの黒字申告をしても、税務署からうるさくいわれないので、そのような申告をしてもかまわないとも受け取れる発言をしたこと、被告会社の決算・申告期に、試算表・決算報告書等関係書類を作成し、かつ、その際会計処理を作為的に変更したり、数字を適宜動かす等の操作をして辻褄の合うようにしたこと、経費の架空計上を助言する手紙を被告人宛に出したこと、ハウスウェアの三期目の申告後税務調査を困難にするため、本店移転をすすめ、その手続を行ってやったこと、公表預金の期末残高を減らしておくよう指導したこと、事業概況説明書の当期の営業成績の概要欄に、同税理士が適当に利益が上がらなかった理由を記載したことなど、被告人の脱税意図を知りながら、これを是正するよう進言することなく、これに迎合して被告人の指示・要求に応じ、またその意向にそうよう関係書類を作成したり、助言・指導をして本件脱税に関与していたことが認められ、税理士及び監査役としての職務を適正に行使しなかった右小島の態度には厳しく非難さるべきものがある。しかしながら、小島税理士は、被告会社の決算・申告にあたって、被告人から決算のための関係資料を渡されて、この資料に基づき試算表等を作成して被告人に提示し、会計処理上不明な点や辻褄の合わない点を質問し、被告人からの回答や指示を受けるなどして何回か修正試算表の作成を重さね、申告内容を具体化する作業を遂げ、最終的に被告人の決裁を得て、申告書等提出書類を作成・提出していたこと、そもそも被告人はまともに税の申告をするつもりはなかったので、帳簿を整え、正確な記帳をするということはしてこなかった上、同税理士に対し、両被告会社の経理関係の全容を明かさず、公表しても痛痒を感じない一部資料のみを提供し、秘匿予定の利益に関する資料は被告人のもとにとどめて明かさなかったのであり、ことに、本件脱税の中心をなし、金額的にも主要部分を占めるのは、売上の一部除外と受取手数料の除外によるものであるが、これら除外は同税理士の関与なしに被告人の手によってなされたものであり、かつ被告人はこれらを除外した資料しか同税理士に提供しなかったのであって、本件所得秘匿行為の基本的かつ最重要部分は被告人により敢行されたといわざるを得ないし、同税理士が本件脱税に関与した場面でも、被告人が主導的立場において指示し、あるいは承諾を与え、同税理士はこれに従い、また被告人の意図・意向にそうような対策・手段・手続等を助言・指導していたものであって、全体を通じてみるとき、同税理士は本件の一連の脱税工作の一部につき従たる立場で関与したにすぎないものと認められる。所論はまた、同税理士が顧問報酬を引き上げるよう要求し、多額の金員の借用を申し入れた事実があり、同税理士はそれなりに被告人らに脱税の協力をしていることの見返りを求めたからにほかならないと主張するのであるが、しかし、被告人は右要求や借用金の申し入れのいずれをも断わって応じなかったというのであり、しかも本件脱税により被告人が代表取締役として経営にあたっている両被告会社が前記の通り多額の所得を秘匿したのに対し、同税理士に対しては月々の顧問料各二万五〇〇〇円、決算期報酬各五〇万円を支払った程度であり、多額の脱税協力金や報酬を支払ったり、利益を供与したという事実はなく、これらのことは、被告人が同税理士の本件脱税への関与・役割の程度をそれほど大きく評価していなかったからにほかならないと思料される。そしてまた、税務の専門家である同税理士の指導や助言の中には、被告人らの納税意識を一層希薄にし、本件犯行を助長した面があり、これらの点は被告人の量刑にあたって当然斟酌されるべきではあるが、ただ、被告人は所論の「会社設立一期目は赤字申告、二期目は少し黒字の申告でよい」とも受け取れる同税理士の発言を聞く以前から、一般的に新会社設立当初は経費が多くかかり、営業が軌動に乗り収益を挙げ得るまでには若干の時間を要するため、一期目は赤字申告、二期目は少しの黒字申告をする場合が多く、税務当局も新会社設立当初は申告内容につきそれほどうるさく追及したりはしないといったような世間の風説を聞き知っていたというのであり、かつまた、被告人が右税理士の発言を聞いたのは、ハウスウェアの設立一期目の決算より二、三か月前のことであり、被告人はすでにそれ以前の設立当初から被告人自身の判断で売上の一部や受取手数料を除外して個人名義や仮名の預金口座に入金して所得を秘匿するなどの本件脱税の具体的かつ主要な行為を実行し続けていたのであるから、同税理士の発言が被告人の脱税企図を強めたにしても、それほど大きく作用したとはみられないし、両被告会社の営業・収益状況は、新会社設立当初の通常一般の例とは著しく異なり一期目から多額の収益をあげていたのであるから、右風説の存在や同税理士の発言による影響を過大視することは相当でないといわなければならない。その他記録から窺われる同税理士が本件において果たした役割・関与の程度を考慮に入れてみても、被告人の刑事責任にはなお重いものがあるといわざるを得ない。
所論はまた、その他の情状として、原判決が指摘しているものを再度とりあげるほかいくつかの点をとりあげて主張するのであるが、その中にはそれらをそのまま是認することのできないものがある。すなわち、1 被告人は両被告会社の代表取締役であるとともに、いわゆるオーナーであり、両被告会社を大きくするということは被告人の有する資産の価値増大に直接つながるものであること、ほ脱した多額の所得は、査察時点で、自宅に現金で三億円余を、被告人等個人名義や仮名の預金で九億円余を隠匿していたほか自宅購入にも四〇〇〇万円余をあてていたことなどからみて、被告人の本件犯行が利欲的ではないとか、個人的に費消したものは極めて少ないとはたやすくいうことはできない。2 本件脱税には税務調査を実施すれば比較的容易に不正を捕捉される部分があるが、それは、被告人が、税務調査は新会社設立後一、二期目はなく三期目ころに実施されるであろうと予想し、しかもこれに対しては過少申告後本店所在地を移して税務調査を免れようと企図して帳簿の具備・正確な記帳を怠っていたためであり、かつ、現に被告人らが企図した通り本店所在地を移していることもまた看過することができない。3 ハウスウェアの受取手数料の除外額は、三期合計で二億〇〇八二万円余、販売促進費の除外額は三期合計で一億三九四四万円余であって、ほぼ見合っているとはいえず、差引き三期合計六一三八万円余の所得を過少ならしめているのである。4 被告人は、昭和三九年初めころから同五二年ころまで商品先物取引関係の営業社員として数社を転々と勤務した経歴を有しているものであるが、ハウスウェアの営業が軌動に乗り余裕資金が出来たことから、それまでに培って来た商品先物取引関係の専門的知識と経験を生かし、ハウスウェアの資金を使用して仮名等を用いて簿外で商品先物取引を行っていたものであり、その取引額、取引回数、損益内容、穀物等の農産品及び天然繊維糸の売買等をも事業目的の一つとしていることなどに照らし、そこから生じた収益は事業上のものとみるべきであることはもちろん、素人が断片的に取引を行い、たまたま収益を上げたというようなものではない。
そうすると、被告人が国税局の調査段階から捜査・公判を通じて一貫して事実を自白して改悛していること、修正申告を行い、国税本税を全額納付し、附帯税及び地方税についても相当部分を納付し、原判決後においても納付を続けていること、本件脱税に関与した税理士は解任し、あらたに顧問税理士を置き、経理担当者を採用して経理処理を正しく行っていること、本件に関する新聞報道によりそれ相応の社会的制裁を受けていること、被告人には前科・前歴はなく、その年齢・経歴・家庭の状況並びに両被告会社における地位・役割・その経営状況等原判決が判示している被告人のため有利な情状及び所論が指摘するその余の点を総合考慮してみても、被告人福本修也に対し刑の執行を猶予するのを相当とするまでの情状は認められず、かつ、ハウスウェアを罰金八〇〇〇万円(脱税額の二六・八パーセント)、ジャクソンを罰金八〇〇万円(脱税額の二八パーセント)、被告人福本修也を懲役一年六月にそれぞれ処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 簑原茂廣 裁判官 朝岡智幸 裁判官 新田誠志)
○控訴趣意書
法人税法違反 被告人 日本ハウスウェア株式会社
同 同 株式会社ジャクソン
同 同 福本修也
右被告人らに対する頭書被告事件につき、昭和六二年一〇月一六日東京地方裁判所刑事第二五部が言い渡した判決に対し、被告人らから申し立てた控訴の理由は左記のとおりである。
昭和六三年一月七日
右弁護人 神宮壽雄
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
原判決は、公訴事実と同一の事実を認定して、「被告人日本ハウスウェア株式会社を罰金八〇〇〇万円、被告人株式会社ジャクソンを罰金八〇〇万円に、被告人福本修也を懲役一年六月にそれぞれ処する。」との判決を言い渡したが、原判決の右刑の量定は、特に被告人福本修也を実刑に処した点において著しく重きに失し、不当であり、到底破棄を免れないものと思料する。
原判決は、「量刑の事情」において、被告人を実刑とする事情につき、被告会社二社のほ脱額が合計で三億二六〇〇円を超える巨額にのぼるうえ、そのほ脱率は通算で九九パーセントを超える高率であること、被告人は当初から納税意欲に乏しく、両被告会社の所得をすべて将来の営業資金に投入して業績を拡大しようと考えており、各法人税の申告については、創業一期目は赤字申告、二期目は僅かの黒字申告、三期目は過少申告後本店を税務署の管轄外に移転して、税務調査を困難にするとの基本方針に基づき、日本ハウスウェアの設立当初から売上及び受取手数料の一部を除外するなどの方法により脱税を敢行してきたものであること、犯行の態様を見ると、日本ハウスウェアでは創業一期から所得があったが、青色申告法人でありながら正規の帳簿類を殆ど備え付けず、申告時期に顧問税理士に対し、すでに売上げの一部を除外した内容不正確な売上帳や当座照合表、普通預金通帳の写、手形小切手の控、一部領収書等を渡す程度で、税理士に試算表を作成させた上、さらにその数字を恣意的に動かす等して虚偽過少の申告書を作成するよう要求し、また、被告会社ジャクソンにおいては決算時に同社名義の普通預金口座等から約七一〇〇万円を引き出して簿外としたうえ、顧問税理士に指示して約七二〇〇万円の架空仕入を計上するなどして赤字の試算表を作成させていること、本件で税理士に職務上の義務違反があるからといって、これを被告人の情状に斟酌すべきであるといってもおのずから限度があり、とくに有利に斟酌すべきものではないこと、などの事情をあげ結局本件の罪質、動機、態様及びほ脱の結果等に徴すると被告人の刑責は重いといわなければならないのであり、被告人のため斟酌すべき諸般の情状を考慮に入れても主文程度の懲役刑(実刑)を免れない、というのである。
一 実刑の判決について
しかし、脱税額が三億円を超えているなど原判決指摘の諸事情があるとはいえ、少なくとも会社を経営し、脱税した本税等を納付し、更に法人に対し多額の罰金を科せられるものの、これも結局被告人が納付しなければならないのに、前科、前歴もない被告人をこの上更に家庭生活、社会活動を停止させて隔離し、懲役刑に服せしめなければならないのか極めて疑問である。通常の脱税事件でほ脱額についてみると、三億円前後が被告人の実刑に処するか否かの一応の目安とみられないことはないが、本件被告人の個別的事情を考慮するとき被告人を実刑にしなければならない必然性はなく、むしろ前科前歴のない被告人に本件に関する新聞報道等で経営が窮地に陥っている被告会社二社の経営を立ちなおせる努力をさせる過程で、納付中の本件にかかる付帯税等及び法人に科せられた罰金を納付させることが刑政の上からも望まれることではなかろうか。現に、東京地裁で最近ほ脱額が三億円を超える事件で執行猶予となっている事例が見られるのである(控訴審で立証予定)。
二 本件脱税における税理士及び監査役の関与と被告人の情状について
<1> 本件被告人らの量刑を判断するにあたり、顧問税理士であり、かつ被告会社ジャクソンの監査役でもあった小島税理士の関与は軽視できない重要な点であると思料する。
<2> 税理士は、税の知識の乏しい納税者に対して適正な申告をし納税をするよう助力する重要な役割を担っており、しかも、税理士法上、税理士は脱税を指示し、あるいは相談に応じてはならないこととされているばかりではなく、脱税している事実を知ったときは、これを是正するよう助言しなければならないものとされ、これに違反した場合の制裁措置が設けられている。また、監査役は会社の健全な発展のため設けられたチェック機能を有するもので、厳正な会計監査を行うことが期待されているのである。そして、万一監査役が適正な監査を行わないで、税務調査により重加算税を課せられるなどした場合、当該監査役は会社に対し、損害賠償責任を負うとされているくらいである(商事法昭和六二年一二月二五日号一一三二号四六頁~四八頁)。
会計・税務の専門家が監査役であれば一般人が監査役である以上に厳正な会計監査がなされるものと期待される。
<3> ところで本件では、被告二法人及び株式会社ワン・ロイ(以下ワン・ロイという)の税務顧問の小島税理士が、被告法人ジャクソン及び右ワン・ロイの監査役を兼ねていながら、右いずれの法人においても専門的知識を悪用して、不正な税務申告に深く関与していることが明らかな事案である。しかも、小島税理士の検事調書、被告人及び小杉重信の捜査公判特に公判段階における供述、税務申告にあたり小島税理士が作成した整理記入、試算表、決算報告書等によれば、同税理士は本件等で積極的に脱税を慫慂指導し、かつ、自ら事前の秘匿行為等及び不正申告行為自体に深く関与していることが認められるのである。
<4> すなわち、被告人の公判廷における供述及び小杉重信の別件の被告人質問調書によれば、小島税理士は被告人及び小杉重信に対し、「会社設立一期目は赤字申告、二期目は少し黒字の申告でよく、三年たったら事務所を移転するのですよ」と言ったとのことであり、この点に関し、小島税理士は、被告人から「新会社設立一期目は諸費用が要るということで初年度は赤字で申告しても税務署はうるさく言いませんよね」と尋ねられて「そういったことはあるようです」と答えておいたと供述し対立している。
しかしたとえ、小島税理士の供述どおり被告人らに返答しておいたものであるとしても、それが税理士の発言であるだけにそれを聞いた一般人からすれば、たとえ黒字であったとしても、赤字申告をしてもうるさくないからかまわない、とも受けとることができる内容のものである。
<5> そして、各法人の決算申告期に右小島税理士が作成したという関係者の検事調書末尾添付(及び弁第三六号証)の整理記入、修正後試算表、決算報告書欄の各勘定科目の専門的、かつ作為的な振替状況、勘定科目の金額の桁及び多額の変更状況、小島税理士から被告人にあてた経費の架空計上等をアドバイスした手紙等を検討し、被告人らの税務会計に関する知識の貧弱なものであることと対比すると、被告人らの一連の本件脱税に小島税理士の指導及び関与が大きな意味を持っていることは明らかである。殊に、ジャクソンの昭和五九年八月期の差引残高、ワン・ロイの同五九年二月期の差引残高は公訴事実の実際の所得に近く、この表からしても多額の利益が出たものとなっているのに小島税理士によって、大巾に利益減となるよう数字を操作しているのであって、その操作の仕方自体から被告人らからの依頼があったとはいえ、小島税理士が専門的知識を使って積極的に本件脱税に関与したことは明瞭ではなかろうか。また、昭和五九年六月と同年九月にワン・ロイ、日本ハウスウェアの本店所在地を移転しているが、被告人らの公判供述によれば、これは小島税理士が税務調査を困難にさせるために意図的に被告人らに強要ともいえる指導をしたことによるものであり、しかも右本店移転手続は右両社の場合いずれも同税理士自らが行っていること、被告人らは小島税理士から各会社の公表の預金の期末残高を減らして仮名預金を設定するよう指導されたと供述しており、現に被告人らはその通り実行しており、被告人らが小島税理士に預金残高証明書を提出しているのに、小島税理士はこれを税務申告の際こと更提出していないことからも被告人らの供述は首肯しうるところである。また、確定申告の際提出した事業概況説明書の当期の営業成績の概要欄は、各期とも同税理士が同人の判断で適当に、何故利益が上らなかったかなどについて記載していること、決算期における日本ハウスウェア、ジャクソン間の取引価格の変更に関する小島税理士の関与状況、被告人が受取手数料収入の受皿用のダミーとして使用した株式会社アイエフ興産は、小島税理士から勧められて買収したものであり、同会社の昭和五七年一二月期、同五八年一二月期の法人税確定申告書は、被告人の関与のないまま同税理士が作成し提出していたものであること、同税理士は被告人らに脱税となるようなことを指示されてやむなく関与したと供述しながら、他方において、そのような法人に「私がなってあげますよ」と言って自ら進んで監査役に就任し、査察調査開始後までその職にとどまっていたのはなぜなのか理解に苦しむところであり、かつ本件査察調査開始後、自らも謝礼の金員を準備し被告人らを誘い同人らと共に国会議員へ工作依頼に動こうとした状況が認められるが(被告人の公判供述)、これは同税理士が本件脱税に深く関与していたことから自己の税理士資格の問題ないしは自己への刑事責任の及ぶことをおそれたことから出たものであると推認されること、小島税理士は国会議員への働きかけにつき被告人に拒否されるや、監査役の辞任届を被告人のもとに郵送して、被告人との縁を切ったこと、小島税理士は被告法人から多額の顧問報酬を得ていたわけではないが、顧問報酬を引き上げるよう被告人らに要求していたこと、また右小杉重信から夫婦で海外旅行の接待を受けていること、更に関与税理士として関与先から金員を借用することは問題を起こしやすく税理士の倫理上さけるべきであるのに、被告人及び小杉重信に対し、安易に自宅建築資金として多額の金員の借用を申し入れた事実があることなどからすると、小島税理士はそれなりに被告人らに脱税の協力をしていることの見返りを求めたからにほかならず、このような点を考慮すると、小島税理士自身被告人らに対して一期目は赤字、二期目は少々の黒字、三年たったら本店を移すようにと話していた疑いが強く、しかも小島税理士が脱税を被告人らに慫慂したり積極的に不正工作を指導したと評価しうるのではなかろうか。そして被告人らの右の諸点に関する公判供述を小島税理士への責任転嫁のためにしている供述とみるのは妥当ではないと思われる。
<6> 逆に小島税理士の検事調書を検討すると、本件は被告人からの指示によるものであることを強調する供述をしており、責任回避の態度が明確に看取される。
すなわち、本件における主要なほ脱手段の売上除外に関する、被告人らの捜査公判段階の供述によれば、前記のとおり小島税理士は、期末の預金残高を減らしておくよう被告人らに助言指導していると認められるのにこれを否定していること、本件査察調査が被告会社に入った後、前記のとおり、突如一方的に監査役及び顧問税理士辞任届を被告人らの下に送ってきて被告人らと関係を断ったのに、責任をとって監査役を辞任したと供述していること、小島税理士自身、関与している被告法人の仕入、売上の単価及び荒利は当然のこと、税理士の一般常識からしても大手商社の利益率も把握していたはずなのに、税務申告にあたり被告会社の利益率を商社並の三パーセント程度などと虚偽のことを前提に申告書を作成した点について、これは被告人らに三パーセントといわれたからであると、関与税理士としては到底考えられない無責任な供述をし、また被告人らが決算の際に提出してきた書類からすると、仕入、売上金額が逆転するなど異常な決算結果が出ていた点に関し、この点を小島税理士が被告人らにただした結果、被告人らから日本ハウスウェアとワン・ロイの間にはいわゆる原価取引が存在することを知らされたと思料されるのに、このような取引の存在すら全く知らなかったと供述していること、その他小島税理士の検事調書は全体的に関与税理士ないしは監査役として当然承知し、かつ自ら関与したと思料される点について、わい曲して殊更被告人らに不利益に供述をしているものと思料される。
<7> いずれにせよ、小島税理士の供述によっても税務顧問であり、かつ、監査役である小島税理士が、本来の職務を放擲し、本件脱税に積極的に、しかも深く関与したことは明らかであり、これにより、内外ともに本来のチェック機能が全く働かなかったばかりでなく、税務の専門家の関与により税務会計知識の乏しい被告人らの納税意識を一層希薄にし、本件犯行を助長したのみならず事案を大きくさせ、かつ、発覚を遅らせるなどの結果を生じさせたものと思料する。
そして、別の面から見ると小島税理士が税理士ないしは監査役としての職務を適正に行使しておれば、本件は未然に防止できたであろうし、少なくとも本件の如く小島税理士が関与した法人で多額の脱税事件に発展することはなかったものと思料されるのである。
本件における小島税理士の行為は、本件の共同正犯ないしは幇助と評価できるのではなかろうか。
なお、本判決後調査したところによると、小島税理士が税務顧問をしている他の会社でも本店を移転したり解散しているものがあること、「一期目は赤字申告、二期目は少しの黒字申告、三年たったら本店を移転する」というのは、同税理士の関与先等で口ぐせにしていたことなどが判明したのである(控訴審で立証予定)。
本件における税理士の関与状況を見ると、他の関与先でも同様のことをしていると推察されるが、このような不正に関与するプロの税理士が本来強く非難されるべきであり、また、そうすることが多くの納税者に適正な申告をするよう是正させることになるのではなかろうか。
<8> 原判決は、小島税理士の関与について言及しているものの、なぜか同人が監査役としても脱税に関与していた点について何ら言及していない。小島税理士は、本件脱税の全期間を通じ監査役であった訳ではないが、監査役でありながら本件脱税に深く関与したことは、会社法上も重要なことではなかろうか。
ところで東京地裁は、別件の有限会社ワン・ロイ及び小杉重信に対する法人税法違反事件の判決においては、「本件脱税の規模が拡大するについては、被告会社の監査役として経理関係をチェックすべき立場にあった税理士の杜撰な態度も軽視できない」と判示し情状で考慮しているのである(昭和六二年七月三一日宣告、控訴審で立証予定)。
これに対し、原判決は「本件においては顧問税理士は被告人の脱税意図を知りながらこれを抑止せず、被告人の要求するまま試算表上の数字を適宜動かす等して辻褄の合うようにし、結果として被告人の思いどおりの申告書を作成し、脱税の結果を招来させた事実は認められるが、同税理士は、被告人の行った事前の不正工作の全容をあらかじめ知らされていたわけではないうえ、所論の主張するように税理士の方から被告人に対し脱税を慫慂したり、積極的に不正工作を指導した事実は認められず、したがって、右税理士に職務上の義務違反があるからといって、これを被告人の情状に斟酌すべきであると言ってもおのずから限度があり、とくに有利に斟酌すべきものではない。」と判示しているのである。
右判示の前段によれば小島税理士は被告人が行った売上除外等について一部知らなかったにせよ、小島税理士を脱税の共犯と認めても不合理ではないとも思料される、判断を示していながら、後段において小島税理士が事前の不正工作の全容をあらかじめ知らされていたのではないことなどを根拠に被告人に特に有利に斟酌すべきものではないとして、小島税理士が監査役として本件に関与したことに一切触れないまま判断しているのである。
<9> ところで東京地裁は、別件の税理士が法人の代表者とともに法人税法違反事件の共同正犯として起訴された事件の法人及びその代表者に対する判決において、顧問税理士関与の点について触れて「他面、被告人が本件の如き犯行に及んだ背景には税務にくわしい顧問税理士が、被告人の誘いがあったとはいえ、本件の脱税工作や所得の隠ぺい手段に積極的に関与した事実を見逃すことはできないのであり、税理士が適正に職務を全うすれば、本件脱税は未然に防止できたか、または少なくとも本件の如き多額の脱税事犯には至らなかったであろうと考えられる」と判示して法人の代表者の量刑事情として考慮しているのである(株式会社イン・ヌマエルほか一名に対する法人税法違反事件、昭和六一年一月一三日宣告)。
本件において小島税理士が脱税の共犯者として起訴こそされていないが、小島税理士が被告人らの本件脱税に与えた影響についても右事件の判示と同様なことは言えないのだろうか。そして被告人及び被告法人の量刑にあたりそれ相当に被告人に有利に斟酌すべきものではないのだろうか。
<10> 原判決は、小島税理士が不正工作の全容を知らされていたわけではないことを強調しているが、小島税理士が被告人から提出された資料にもとづき作成したジャクソンの昭和五九年八月期、ワン・ロイの昭和五九年二月期の差引残高を見ると実際の収支にほぼ合致しており、これと虚偽申告の内容を比較すれば、同税理士が脱税の全容を知りながら虚偽申告に深く加担したことは明確ではなかろうか。
そして、少なくとも小島税理士が顧問税理士として、あるいは監査役として適正な職務を行使してくれていたなら、このような三億を超える大規模な脱税に発展することはなかったであろうということは、本当にいえないのだろうか。
また、被告人は、原判決判示のとおり会社の収入の殆ど全部が記帳されている預金通帳の写を小島税理士に提出しており、同税理士はこれを見て決算していたのであるから、期末に被告人が預金を引き出していたのも知っていたのであり、これからすれば小島税理士は収入の全容および脱税の全容を知っていたのである。
そのことを思うと、小島税理士の関与がないのであればともかく、同税理士の深い関与があるだけに、ひとり被告人のみ実刑に処さることには被告人ならずとも到底納得できない。
その意味で本件における小島税理士が被告人らに与えた影響及び本件において果した小島税理士の役割は被告人らの量刑を判断する上で、極めて大というべきではあるまいか。
<11> 本件で、被告人及び被告法人が行為者もしくは納税義務者としてそれ相当の刑事責任を問われるのは当然としても、関与税理士が本件調査捜査の過程において単に参考人として調べを受けたのみで本件脱税の共犯者としての調べも追及も受けず、また税理士法上の制裁も含め不問に付されているのは、たとえ同税理士が本件脱税により被告人らから多額の報酬を得ていないとはいえ、その報酬は多寡にかかわらず少なくとも職務の適正な行使に対する対価の筈であり、その関与度合役割等からみて釈然としないものを覚えるばかりでなく、ひとり被告人を実刑に処するのは余りにも酷ではなかろうか。
三 その他の情状
以上、被告人及び被告会社の情状につき再度検討願いたい重要な点について述べたが、原判決も考慮しているとおり、被告人が本件の摘発により自己の非を悟って深く改悛し、再犯に出ないとの強い自覚のもとに国税局の調査段階から全面的に事実を認めて協力し、捜査、公判を通じて一貫して犯行を認めている上、ほ脱結果等について昭和六一年三月に修正申告を行うとともに、国税本税を全額納付し、付帯税及び地方税について、経営状態悪化にも拘らず相当部分を納付し、原判決後においても納付してきているのである(控訴審で立証予定)。
このほか
<1> 本件犯行の動機は、会社を大きくしたかったというものであって利欲的ではないこと、及び、被告人が裏資金を個人的に費消したのは極めて少ないこと。
<2> 本件脱税の手段を見ると、売上除外をするなどしてこれを仮名預金にするなどしているものの、他方税理士が関与しているのに帳簿が完備しておらず、かつ収支が帳簿類と一致しないばかりか決算数字を適当に変更し経費はつまみで申告するなどしていたため、確定申告書上収支の辻褄はあっているものの、原判決も指摘しているとおり税務調査を実施すれば直ちに脱税の事実が発覚するような極めて、稚拙なものであったこと。
<3> 日本ハウスウェアとワン・ロイとのいわゆる原価取引については、被告人らが経理面に暗く、貸借取引の観念でいて、仕入、売上の観念はなかったものであり、税理士からそれが損益取引であることの指摘はなされたものの、後日整理すればよいとして放置されていたのであり、この点で被告人らを強く非難することはできないこと。
ことに、ワン・ロイは売上除外となるものの、他方日本ハウスウェアは原価取引においては経費となる仕入が除外され(簿外仕入)ていた結果となっていたのであり、日本ハウスウェアとしてはむしろ脱税には直接つながらないのである。
原判決が「強固な脱税目的にならない部分」があると指摘するのは右の点や、次の<4>のことを意味しているものと思料される。
<4> 相当額の受取手数料の除外については、ほぼこれに見合う金額を簿外で販売促進費として支出していたことから、右双方とも申告から除外していたというものであり、この点も強く非難をすることは妥当ではないこと。
<5> 原判決では、触れられていないが、日本ハウスウェアの昭和五八年五月期の商品取引益四四三万円余、同五九年五月期の同取引益七七六五万円余の除外については、本来の事業上の収入とは性格を異にし、偶発的な要素の強い収入の除外であり、これを他の事業上の売上除外などと同様には見られない面があること。
<6> 原判決も指摘しているとおり、本件に関する新聞報道等により、それ相当の社会的制裁を受けていること、また、本件後被告会社では右新聞報道等の強い影響を受けて経営不振に陥っており、被告人は経営再建に全力を傾注していること。
<7> 本件脱税に関与した税理士とは、税務顧問の面でも監査役の面でも完全に被告法人及び被告人とも縁が切れたこと。
<8> 被告会社では、本件後新たに関与することとなった税理士の強力な指導監督のもとに、経理担当者を採用して会計帳簿類を備え経理処理を正しく行っていること、及び本件による簿外資産の公表受入れも了していることなどから、これらの面からも再犯のおそれはないこと。
<9> 被告人らには前科前歴が全くないこと。
<10> 被告人の働きざかりの年齢、苦労してきた経歴、人柄及び、被告人なくして右二法人の経営の存続は不可能であり、かくては販売した商品の総販売元としてのメインテナンスの継続も不可能となり、ユーザーに対する責任も全うできず、社会問題にも発展しかねず、また、家庭にあっては妻及び就学中の子があり、このまま被告人の実刑が確定すれば、家庭の崩壊にもなりかねないこと、原判決後、被告人は原判決を厳粛に受けとめて、なお一層反省の日を送っていること。
<11> 被告人らの商法で多額の利益を得たことが新聞等で非難されているが、これは一流商社も行っていることで強く非難することはできず、販売方法もいわゆるまがい商法ではないこと。
などの諸事情がある。
本件は、ほ脱額も多額となっていること、ほ脱率が高いことなど原判決指摘の諸事情も存し、被告人らの刑責は決して軽いものではない。しかし、以上の諸点を考慮すると、原判決は特に被告人を実刑にした点において重きに失し不当であるから、原判決を破棄した上、今回に限り被告人に対し是非とも執行猶予の恩典を与え、被告人に再起する機会を与えられるよう、また、被告二法人の罰金刑についても再検討を賜りたく本件控訴に及んだ次第である。